とりあえず専門用語を使わないで分かる範囲でまとめた。間違いがあればコメントか Twitter で教えてください。
概要
防災科研 (以下、NEID) が提供している 強震モニタの利用規約 が変更された。
その中に記載されている 強震モニタ利用にあたってのお願い が、防災クラスタ、特に YouTube やニコ生で、自宅や職場等の様子とともに非公式の震度計の表示を移した様子をライブで配信している配信者や大きな波紋を呼んでいる。
地面は生活振動(車、列車、工場、工事など)のために日常的にわずかに揺れており、平常時でも強震モニタ上で色の変化があります。またリアルタイムに観測データを処理しているため、ノイズや機器障害により色が変化する場合もあります。そのため観測点での色の変化は地震以外の理由による可能性があります。
強震モニタは、複数地点における揺れの様子を地図上に可視化することで、地震の揺れの様子を直感的に捉えていただくことを意図しています。しかしながら、個別観測点での色の変化の検知や、色から観測値を抽出するなど、防災科研が意図していない形での強震モニタコンテンツ利用が複数のアプリ・Webサービスにおいて行われています。上述の通り観測点での色の変化は地震以外の理由の可能性があるため、個別観測点での色の変化に注目することは適切ではありません。また気象庁より発表される震度情報が強震モニタ上の情報と必ずしも一致するわけではありません。防災科研や関係機関等の通常業務及び防災対応の妨げになることが懸念されるため、このような防災科研の意図しない形で処理した情報を公開もしくは配信することはお控えください。
強震モニタは、「免責事項」でも記載した通り、情報配信の停止もしくは遅延が生じることがあり、また予告なしに公開されているコンテンツの変更または削除、配信形態の変更を行うことがあります。そのため、強震モニタで表示している緊急地震速報の震源情報等に依拠した即時的な情報配信を行うことはお控えください。
防災科研が運用している強震モニタはhttp://www.kmoni.bosai.go.jpのみであり、これ以外のサービス等に関する質問やコメント、要望等に関しては受けつけていません。
※配信者を「防災クラスタ」と呼称することの妥当性については検討していません
用語
地震や災害に関する機関やアプリの名称について補足すると、こんな感じ。
名称 | 概要 | 公開URL |
---|---|---|
防災科研(NIED) | 防災に関する研究発信を行っている国立研究開発法人 | https://www.bosai.go.jp/ |
強震モニタ | 防災科研が提供する、地震計の観測データを可視化したもの | https://www.kyoshin.bosai.go.jp/ |
緊急地震速報 | 気象庁が提供する、地震発生直後に震源地と震度を予測するもの。2種類ある | https://www.jma.go.jp/jma/index.html |
高度利用者向け緊急地震速報 | 例えば高層ビルの管理会社・鉄道会社・警備会社等、速報の精度よりも速報の迅速性が求められる事業を営んでいる企業向けに提供される情報。ゆれくるコールといった toC アプリでも利用されている | https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/study-panel/eew-hyoka/01/shiryou_1.pdf |
一般向け緊急地震速報 | 高度利用者向けよりも迅速性は低いが精度が高い情報。テレビやスマホの緊急地震速報はこの情報を利用している | https://www.data.jma.go.jp/eqev/data/study-panel/eew-hyoka/01/shiryou_1.pdf |
地震情報 | 気象庁が提供する、地震発生直後に震度を予測するもの | https://www.jma.go.jp/bosai/map.html |
JQuake | 詳細は後述 | https://jquake.net/ |
各機能の関連性
NIEDは、日本中に敷設された地震計の情報をリアルタイムで処理しており、そのデータは気象庁にも利用されている。 気象庁とNIEDは地震計を日本中に設置 していて、それらの情報をリアルタイムで解析している。 また、NIEDは地震計の情報をリアルタイムで閲覧可能にするサービス「強震モニタ」を提供しており、その中で気象庁が提供する「緊急地震速報」の情報 も 表示している。 (緊急地震速報はNIEDが発出する情報ではなく 気象庁が発出している )。
ところで、高度利用者向け緊急地震速報は一般人がダイレクトで利用することはできず、特定の事業者と契約をして情報を提供してもらうのが一般的であり、例えば ここ とか ここ とか ここ とか色々なサービスがあるが、リンク先を見に行ってもらえればわかるが、基本的に利用料金は toB を想定しており、比較的高額である。なので、ゆれくるコールのように toC 向けに情報を安価に提供しているサービスは非常にありがたい。
が、やはり世の中、すごいところに目をつける方がいて、それの一つが JQuake である。
JQuake は、NIEDが提供している強震モニタの震度計画像を解析し、緊急地震速報の発出よりも早い段階で揺れを検出し、独自に緊急地震速報を提供する所まで来ていたすごいアプリだ。
どんなアプリなのかは、実際に使ってもらうことが一番なのだが、アプリは現時点でダウンロードできなくなっているため、JQuake が行っていた YouTube のライブ配信のアーカイブを見てもらうとよい。
例えば、2022年に自分も被災した福島県沖地震発生時のアーカイブはこれ。
まず画面の見方を解説すると、日本地図上に青か緑の点々が大量に配置されているのがわかる。これは強震モニタのそれと同じなので、強震モニタの使い方を読んでもらえばよいのだが、要は自身の加速度(gal)が弱いものから、青→緑→黄→橙→赤、と色が変わっていく仕組み。 その震度の色は、クライアントでレンダリングされているのではなく、強震モニタのサーバーからGIF画像が毎秒配信されている。
JQuake では、配信される GIF 画像の各地震計の色の変化を解析することで、緊急地震速報を独自に発出している。 その基礎研究は Qiita で公開されている。 https://qiita.com/NoneType1/items/96559847a6d63251947a もちろん、公的な緊急地震速報ではないので利用には注意が必要ではあるが、地震情報がほしい私のようないち一般人としてはそれで十分であり、かつ UI が洗練されており、非常に見やすいため、地震情報をライブで配信している YouTube チャンネルは、JQuake の画面を OBS で使っているところが多い。
問題
ところが、先述の強震モニタの利用規約変更に伴い、JQuakeはアプリ配信の停止を余儀なくされた。
そもそも、利用規約変更前から、このような条文は存在していた。
これら(著注:強震モニタコンテンツ)の一部、または全部の複製は、私的使用又は引用等著作権法上認められた行為を除き禁止します。複製したコンテンツの転載、改変、送信、再配布等を行うことは固くお断りします。
JQuake はこの規約に違反しているのではないか、という議論は前からあった。これについては、以下の対応がなされており、引用等著作権法上認められた行為に該当する、としてお咎めはなかった。
- アプリ画面上にNIEDのクレジット表示をしている
- JQuakeのコンテンツは独自に開発した検出アルゴリズムによる法によらない独自の地震速報であり、強震モニタのコンテンツをそのまま転載しているアプリではない
- 作者がNIEDへ掲載の可否を問い合わせており、問題ない旨の確認を得ている
なので、本質的な問題は変更された箇所に集約されているといってよい。
- 解析方法の問題
観測点での色の変化は地震以外の理由の可能性があるため、個別観測点での色の変化に注目することは適切ではありません
緊急地震速報のしくみの解説ページにある通り、気象庁はあくまで震度計の「波形」を見て緊急地震速報を出している。一方、JQuakeは「色の変化」を見て緊急地震速報を出している。これは、気象庁の緊急地震速報とは異なるアプローチであり、気象庁の緊急地震速報とは異なるものである。
例えば、採石場での爆発や突発的な爆発事故などはもちろん、単に車の走行タイミングが重なった事による局所的な微弱振動の集中が起こることを否定できない。このような場合、JQuakeは緊急地震速報を誤って発出してしまう可能性がある(実際に JQuake で「弱い反応」という表示は頻繁に表示されるが、それが地震由来のものなのかを JQuake 利用者が推察することはできない)。気象庁が発表している緊急地震速報はそれらのパラメーターを除外していると思われるが、そもそも強震モニタの表示自体加工されたコンテンツなので、それを確かめるすべがない。
また、気象庁が発表する緊急地震速報の計算ロジックには、各観測点の地盤プロファイルや一般人には理解できないパラメーター補正が行われている可能性があり、震度計の値だけで計算されていない可能性も十分ありえるし、その場合は、誤った情報を発信してしまう可能性がある。
実際 気象庁が公開している過去の地震データ も過去の地震データが修正されており、正確な地震情報を収集することが非常に難易度の高いものであることがわかる。
- 免責事項の問題
情報配信の停止もしくは遅延が生じることがあり、また予告なしに公開されているコンテンツの変更または削除、配信形態の変更を行うことがあります。そのため、強震モニタで表示している緊急地震速報の震源情報等に依拠した即時的な情報配信を行うことはお控えください
NIEDもJQuakeのようなアプリが有用なものだとは認識しつつ、NIED側の都合で配信方法を変更することが困難になっていることを案に匂わせている。例えば、現状の GIF 画像を毎秒ポーリングするようなフォーマットから、波形や加速度データをJSONやGraphQL(gRPCでもいいけど)でクライアント側で毎秒フェッチしてレンダリングするようなアーキテクチャへ変更した際、JQuakeは機能を停止せざるを得なくなる。そうなると、JQuakeに依存していたワークフローが崩壊するので、利用者は困る。後述するが、その矛先をNIEDに向けられても困る。
- お門違いな問い合わせ問題
防災科研が運用している強震モニタはhttp://www.kmoni.bosai.go.jpのみであり、これ以外のサービス等に関する質問やコメント、要望等に関しては受けつけていません
これは言葉を返せば、JQuakeのようなアプリに関する問い合わせがNIEDや気象庁に届いているということで間違いないだろう。これは利用者側のリテラシーが低すぎる。各アプリにしても、NIEDが提供するデータを利用させていただいている立場なので、これはアプリ作者側も頭を悩ませていることだろう。
ではどうすればよかったのか
この手のデータの二次利用アプリではしばしば問題になるケースで、しかもそのアプリのクオリティが高く利用者も多い場合は、特に顕著だ。昨今Twitterで発生しているAPIの利用規約に関する議論も、この問題と似ていて、Twitterクライアント作者も、結局データソースであるTwitterの利用規約や仕様変更に追従するしかなく、追従できなくなるような仕様変更が発生したらサービス終了せざるを得ない。 Twitterの場合は一般営利企業なので文句を言い続けることで改善する可能性があるのが一般的(改善すると入ってない)が、NIEDの場合は公的機関なので、ただ文句を言っても改善する可能性は低く、研究データの公開が終了してしまうことのほうが問題。それではシビックテック・シチズンサイエンスを阻害することになるので、NIEDとしても本意ではないと思う。
悲しいが、データを使わせてもらっている手前、NIEDの方針に従う他ないのだろう。
今後の予想
これは完全に想像の域を出ないが、強震モニタの改修予定があるが、一方的に排除するとNIEDへ不用意な問い合わせが増えることにもなりかねないので、JQuakeを始め、現在の強震モニタのアーキテクチャに依存しているアプリを一旦排除したいという思惑があるのではないかと考えている。
逆にいえば、強震モニタから、より利用価値の高いデータが提供される可能性や、F-Net で公開しているような波形データをリアルタイムで取得できるような jSTAT のようなサービスが開始する可能性もあるので、今後の動向に注目したい。