あかぎれが痛い

ついでにお腹も痛い。

ブータブルUSBメモリを普通のUSBにフォーマットするのにハマった

こんにちは。

以前、Macに作ったパーティションUbuntuをインストールするために作成したインストールUSBを発掘したので、このUSBを再利用するためにフォーマットしようとしたところ、Macにつないだやいなや セットしたディスクは、このコンピュータで読み取れないディスクでした と表示されてしまい、ディスクユーティリティでみても、マウントされていないUSBメモリは見えるものの、フォーマットしようとしてもエラーが発生してフォーマットできませんでした。しかも4GBのメディアなのに200MBしか認識されていない。

複雑に考えてしまい、 fdisk とか、低レイヤーな操作方法で解決しようと調べ始めていたのですが、ディスクユーティリティを再度弄り倒した結果、すんなりフォーマットできました。ディスクユーティリティのUIがHigh Sierraから変わったのが原因でした。

手順

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もうフォーマットが終わっているので普通にマウントできていますが、 SONY と書いてあるのが外付けUSBで、症状が出ているときはアンマウント状態(グレーアウト)していました。このデバイスを選択して「削除」を実行しても普通に失敗します。もしフォーマットできても200MBのドライブができたと思いますが、1GB未満のドライブをApple_HFSにフォーマットできないっぽいエラーが出てました(ちょっとうろ覚えですが)。

キモは「表示」

ディスクユーティリティの左上にあるサイドメニューアイコン「表示」をクリックして、「すべてのデバイスを表示」にします。 f:id:seal2501:20180917003206p:plain

そうすると、デバイスが出てきます。Mac(というかLinux)では、デバイスの下にディスクがあり、ディスクはデバイスで定義されたパーティションとして認識されています。ですので、「パーティションをフォーマット」するのではなく、「デバイスをフォーマットする」が正解でした。

ということで、USBメモリのデバイスを選択した状態で「削除」ボタンを押してフォーマットしましょう。 f:id:seal2501:20180917003611p:plain

  • 名前

    なんでもいいです。

  • フォーマット

    これも何でもいいですが、Macだけなら「Mac OS拡張(ジャーナリング)」、Windowsでも使いたい場合は「MS-DOS(FAT)」を選択するのが吉です。

  • 方式(キモ)

「GUIDパーティションマップ」を選択してください

セキュリティオプションは別に選択しなくてもよいです。というか、USBメモリなのでセキュアにフォーマットするとリードライトを頻発させるので故障率が上がる気がします(最近のはそうでもないかも)。

いざフォーマット

あとは「消去」ボタンを押して完了です。 一瞬でフォーマットが終わり、普通に認識されるようになりました。

削除=フォーマットっていうのがなんともアレですね。

それでは。

資格を受験してきました(そして落ちました)

こんにちは。今回は財布が痛いです。とほほ。

頻尿で潰瘍性大腸炎の私にとって、閉鎖空間に長時間拘束されることが非常に苦手です。 特に資格受験では、途中退出するとその時点で棄権になるルールがあったりするのでずっと避けてきていた資格受験に、久しぶりにチャレンジしてきました。受験したのはRuby技術者認定試験の Ruby Association Certified Ruby ProgrammerSilver version 2.1 です。

最後に受けた資格の受験は、基本情報技術者試験ですね。前回は、途中で体調不良になって退出して棄権扱いでした。 (その後、バイクの免許の卒検を受けてますが、所要時間は10分ぐらいですし退室とかいう概念も特にないのでノーカン)

ちなみに、この試験では途中体調不良になっても人を呼べば途中退出OKでした。もちろん時計は進みます。 それと、問題も50問ですが選択形式なので、すらすら解けてしまえば90分フルもかかることはないはずです。それに、全問解き終わったら退室して大丈夫でした。国家資格みたいに必ず開始後60分は拘束されるといったこともありません。 私はアンケート含めて40分ぐらいで退室しました。まぁすらすら解いておきながら落ちたんですが。

この資格を受けようと思った経緯は非常に短絡的かつ後ろ向きな理由で、半年前に転職した会社の人事考課のためです。

入社直後にマネージャーと行った面談で、「Railsの案件やるんだしRubyの資格とったら?」という提案から、半期目標としてこの資格をとることが目標となったのがそもそもの始まり。入社直後はまだRubyのるの字もわからん状態だったので、ネットでQiitaとかRailsのマニュアルを眺めながらまずは案件を回すところにばかり注力していました。

間にRubyKaigiをはさんで、Rubyの深みにはまり、案件もだいぶ回せるようになってきたので、そろそろ資格の勉強もしないとなぁなんてシャキッとしないまま参考書を会社の金で買ってもらい、時間を見つけては読み、例題を解いて、間違えたところを復習するスタイルで2ヶ月ほど勉強し、RExでコンスタントに90点前後のスコアが出せるようになってきたので、そろそろ受験しようと動き始めたのが7月末。プロメトリックで受験可能な日を探したら、すでに空いてる日程がほとんどなく、8月末まで会場が空いておらず焦る(空いてるには空いてたけど宮城県で探すと古川しか空いてなかった)。

半期が終わるギリギリの8月中には合格しておきたかったので、なんとな8月末にねじ込み受験してきました。

結果はタイトルにある通り不合格で、66点(50問中33問正解)と合格ラインの75点をけっこう下回った結果。基本情報技術者試験の勉強をしていた時も、過去問では合格ラインなのに、本番では点が取れない。まぁ前回は途中退出したのが致命傷なんですが。きっと、出題の意図を汲み取って「解く」のではなく問題を暗記してしまっているんだと思います。

事実、RExだけやってるときは点数がどんどん上がりましたが、しばらく参考書の例題を解いた後にRExに戻るとまた点が下がる、みたいなことがありました。

私は本当に暗記力がないので、人より反復学習しないといけないですね。自分がやりたいことを実現するために必要なことはすぐに覚えることができるのですが…

ちなみに、受験後はショックすぎてGoogleで「Ruby Silver 落ちた」とかで検索してしまって、「10日でRuby Silverに合格する方法!」っていう記事が出てきてさらに凹みました。半年実務でRubyに触り、2ヶ月参考書で勉強しながらも落ちてるのに、10日勉強しただけで受かる人もいるんだなぁ、資格ってなんなんでしょうね。

Rails使えてる! と自信がついてきてたところだったので、今回はそのねじ曲がった認識を打ち砕いていただきました。もっと精進せねば という意識に引き戻してくれたことが今回1.6万円払って得られたことでしょうか。 実際、業務では可読性を考慮するという意図で、eachとかmap、たまーにinjectみたいな代表的なメソッドしか使ってません。実際、[1,2,3] | [2,3,4] とか IO#seek は完全に資格対応のためだけに覚えた感。もっとRubyらしいコードも書いてってことですね。

ちなみに一緒に働いてる未経験で入社した年下の子も受験したのですが、彼は普通に合格してて冷や汗。 一応、その子の指導係になってたんですが、先を越されてしまいましたね。

ちなみに、基本情報技術者も、取っておきたいんだけど、身体的に難しいよなぁ(試験時間 2.5h x 2 は今の自分には無理ぽ)

それでは。

東京から仙台に移住しました。

こんにちは。

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今年2018年の3月に東京を離れて、仙台に移住しました。理由や思うところがたくさんあるので、引っ越しから4ヶ月の節目で振り返りを兼ねてエントリーします。

前提条件

私は好きで東京に定住したわけではありませんでした。もともと地元の山形の風土が好きで、県外への転居もあまり考えたことはありませんでした。

なんで東京に住んでたのか

TL;DR

山形の会社で東京に転勤になり、転勤中に東京の会社に引っこ抜かれました

もっと詳しく…

この節は愚痴やエモい話が含まれれるので読まなくてもいいです。 読みたい方は本文をクリック(タップ)してください。文字が大きくなります。

私がやりたかった仕事は Web 系のお仕事。地方には殆ど仕事はありませんでしたので、東京で仕事を見つけて地方で開発を行う、今で言うニアショアを行っている会社に入社します。常駐案件も受託していたので、もちろん東京に行く可能性はありましたが、もし常駐になったとしても、数年東京で働いてから山形に戻ればいいぐらいの気持ちで日々の仕事をこなしておりました。 結果的に、私は常駐案件の面談に駆り出されたタイミングで出張になります。結局、案件は受注できませんでした *1が、せっかく東京に来たのなら、勉強会や交流会で東京の雰囲気を感じてほしいという社長の好意で、東京の営業所で1人で山形でやっていた開発の続きをはじめます。この時点ではまだ、転居と言うよりは長期出張という扱いでしたが、山形で仕事をしている CTO(本当は VPoE が正しい。当時はそんな概念なかった)と連絡やり取りするよりは、手元にいるエンジニア捕まえて技術的なことを聞いたほうが気軽だと社長が気づき、東京にいるうちに、東京への転勤を命じられます。私も東京にこなれてきた時期でしたし、東京で人間関係が構築され始めた時期だったので、もう少し東京にいてもいいかな、と思い始めていたこともあり、悩み抜いた後にこれを了承し、正式に転居となります。転居と言っても、家を借りられる程の給料はもらっていませんでしたので*2会社が借りている賃貸物件に住むことに。その後はノー土日、ブラック案件、社長からのパワハラと続き、心身ともに疲弊していきます。

その後も受託開発で食いつないでいましたが、銀行系の常駐案件が決まり、さらに派遣先の会社からの引き抜きを受け、転職となりました。ここで年収は倍になります*3。 SES派遣であることに変わりはありませんでしたが、もともと大きいSIerに努めていた社長が、会社から撤退を命じられたときにお客さんと結託して案件ごとぶっこ抜いて独立したベンチャーだったので、ブラックな案件はなく、従業員もいい人が多く、秀でた会社だったと思います。おかげさまで、リアルが充実し、転職後すぐに恋人ができて、結婚するまでに至りました。

東京を離れようと思ったきっかけ

繰り返しになりますが、2社目は本当にいい会社でした。ただし、1店だけ欠点がありました。銀行系案件だと、枯れた技術を使うため、新しい知識が入ってきません。さらに、同じお客さんと、ずっと同じ仕事をするので、新しい技術を習得できず、万が一案件がなくなった場合、次の現場が決まりにくく、即会社が傾きます。金融系という環境のため、枯れた技術のノウハウしかないので、転職も難しい。 そこを社外の勉強会とかに参加して、技術をフォローアップしていけばよかったのですが、前職で土日も仕事していた身としては、また休みを削らないといけないのか…という思いがあり、私はそこまでの気持ちにはなれませんでした*4

この欠点に気づいてから、私はもんもんとし続けます。この頃から、またWeb系の仕事に戻りたいという想いが強くなってきていました。そんなときに、この事件が起きます。

akagire.hatenablog.com

本当に辛くて、こんな愚痴もエントリーします。

akagire.hatenablog.com

これが最終的な引き金となり、本格的に山形に戻るべく、行動を開始しました。ただ、この問題解決のために移住を選ぶのは、正直安直だったかなと今は思います。通勤しなくてもできる仕事なら東京でもできますし、もう少し東京でも通勤が苦にならない会社に転職して、それでも山形に帰りたいならそのときにもう一度考えるという方法もあったな、と今なら思えます。

ちなみに、本当は2017年中に転職したかったのですが、案件の契約の関係で、結局転職は4月になりました*5

なぜ山形ではなく仙台だったか

TL;DR

山形にいつでもいける距離感と、安すぎた山形の給料水準

もう少し詳しく

第一に待遇です。まず、私がエントリーしたのは2社で、1社が山形、もう1社が仙台です。ちなみに仙台の会社は本社が東京だったので、面接なども全部東京で行いましたが(Skype とか Zoom とか Hangout でも OK だった)。業種も違うので、正しい比較は難しいのですが、まぁ全然給料のベースが違いました。 山形で内定いただいた会社の年収は仙台のそれと比べると8割ぐらい。仙台の会社で内定をいただいた後に山形の会社に面接しにいったので、直球の質問には直球に返しましたが、その時に待遇面の質問を受けたので、「仙台の会社の年収は御社定時の年収の1.3倍です」と正直に答えたのですが、正直うろたえていたのが印象的でした。

次に、位置関係です。仙台と山形は、電車で1時間半弱でいけますし、今住んでいるところは車だと1時間でいけちゃう距離なので、本当に行きたくなったらその時だけ山形に行けばよいのでは?という結論に至りました。それと、住んでみてわかりましたが、仙台の風土も割と好きになってきたので、それほど頻繁に山形に行くことは減ってきました。近いといかなくなる法則だと会社の人から言われましたが、言い得て妙…!

最後に、嫁の都合です。何度も一緒に山形に帰っていましたが、東京暮らしが長い人をいきなり山形のような中規模地方都市に連れ出すのは精神的なハードルがめっちゃ高かったです。今でも事あるごとに、東京に戻りたいか聞いているのですが、仙台をとても気に入っていて、埼玉とか三鷹とかに住むより便利で食べ物はなんでも美味しいし行きたいお店は東京と同水準だし不満が全くないと大変気に入ってもらえました。この点は夫婦で移住する際はとても重要だと思っていて、価値観が合わないところにむりやり連れて行っても生きづらくなるだけですからね。*6 それに、実家の熊谷には新幹線で1.5時間ちょっとで帰れるので、もし両親に何かがあっても比較的すぐに帰れるという安心感も決め手の一つになりました。

山形を諦めた理由

正直まだ諦めてはいません。もともと山形に住んで電車通勤するつもりでしたが、それだと通勤がきつい問題が解決しないので結局仙台に住むことにしました。今の会社のオフィスを山形にも作れればいいなぁという漠然とした目標を立ててぼんくら仕事してます。

他に移住先を考えたか

あまり考えませんでした。強いて言えば、嫁の実家がある熊谷市と、熊谷に行きやすくて大好きな街である高崎市は調べるだけ調べました。嫁が海のない県は嫌だという意見を尊重し、どちらも却下になりましたが。

移住してよくなったこと

  • 会社まで徒歩10分

仙台市営地下鉄を使うエリアでも家を探しましたが、辛い通勤をしたくないという点を重視して、会社の近くに家を借りてます。それでもお家賃7万円。ちなみに地下鉄を乗り通しても所要時間30分ちょっとなので、仙台駅近辺の会社なら電車に乗る時間は長くても20分弱になると思います。

  • たまに親が野菜を持ってくる
  • 美味しい蕎麦をいつでも食べにいける
  • 温泉行き放題
  • 秋保温泉のさいちのおはぎ食べ放題
  • 牛たん食べ放題

移住して不便になったこと

  • 東京のコミュニティとの断絶

もちろん覚悟の上ですが、東京でできた人間関係がリセットされた感があります。今の所仙台に来てもちゃんと遊んでくれたのは k9m のお二人だけでしょうか…竈石に寿司を食べに行きました。地元の友達とも連絡はとっていなかったので、仙台に来たから遊ぼうぜ!みたいなノリにはなかなかならないですね。あと東京に出てたり子供がいてて誘いにくいという問題もあります(東京にいるうちもあまり合わなかったですね)。幸い(?)東京に頻繁に出張が発生するので、本当に会いたい人には会いに行けるのであまり大きい問題には感じていません。

  • 日本は東京中心である再認識

今までは気にもとめませんでしたが、テレ東の番組がTwitterで話題になっててもそれについていくことはできません。また、見れたとしても、東京に住んでいない人がアド街を見て楽しめますか、といったところはありますね。。。サンドウィッチマンぼんやりーぬTVとかS-Styleや会社の人との話とかTwitterで情報収集しています。

仙台で生活を初めて想定外だったこと

  • 思いのほか物価が高い
  • わりと車社会

カーシェア会員でよかった。仙台はカーシェアのステーションが大量にあり、もちろん冬はスタッドレスになるので雪が降っても安心です。ただ、利用率も高く、結構狙ってた車がなかなか取れませんので、複数のステーションの場所は把握しておいた方がよいです。地下鉄沿線エリアより外側は完全に車社会です。郊外に買い物に行くとかでなければバイクで全然OKなのが幸い。

移住と転職を同時進行するうえで大変だったこと

仙台の会社は遠隔面接もOKでしたが、基本的には平日の営業時間中に面接を会社に受けに行く必要があります。なので、山形の会社に面接を行った時は次の日に外せない会議があったので日帰りとなり、結構大変でした。もし移住先が決めているのであれば、移住後に就職活動をすることを強く勧めます。もしくは、各地の転職を斡旋してくれるエージェントサービスを行っている会社があったりするので、移住を検討している人は調べてみると良いと思います。私は、山形転職というサービスを利用して、東京にいるうちから無料でヒアリング・案件を斡旋までサポートしていただきました。結局、山形の会社には転職しなかったのですが、快く私の選択を受け入れていただきました。

最後に

移住を検討している人の一助になれば幸いです。 それでは。

*1:受注できなかったのは自分のスキル不足ということもあったと思いますが、当時は世界金融危機サブプライムリーマンショック)真っ只中であり、闇市よろしく、エンジニア経験10年選手が単月35万とかで人身売買されていた時期です。そんなところに私みたいな業界経験1年未満といった新人が出てきても、提案が通らなかったということだと理解しています。今考えれば、そんな案件に駆り出されなくてよかったと心底思っていますが。

*2:手取り10万切る月もありました。もちろんボーナスはなし。当時は普通だと思っていたが徐々に異常であることに気づき始めて転職したくてやばかった。

*3:よくこの話をすると「よかったね!」と言われますが、前職の待遇が異常に低かっただけで、転職後の年収も20代の平均以下でした

*4:東京暮らしに公開があるとしたらこの1点です

*5:内定もらったのが10月なのでほぼ半年…今考えると申し訳なかったです

*6:ちなみに山形に移住するのはどう思うかも聞いてみると「まぁ毎週末仙台に行くかな」ということでした

Macの通知を外部ディスプレイに表示させたい

こんにちは。

仕事でMacBook Proに外付けディスプレイ繋いで使っているのですが、ChatworkとかSlackとかメールの通知がMacBookの方に表示されて気づかないことが頻発したため、どうにかならないか調べました。

通知はメインディスプレイに表示される

つまりメインディスプレイを外付けディスプレイに変更したらよい。

外付けディスプレイをメインディスプレイにする

「システム環境設定」→「配置」タブに行って、 f:id:seal2501:20180705211647p:plain

MacBook側の白い帯を… f:id:seal2501:20180705211805p:plain

外付けモニターにドラッグアンドドロップf:id:seal2501:20180705211828p:plain

これでMacBook側ではないモニターに通知が表示されるようになりました。特にサブディスプレイをMacBookの左側に配置している人におすすめですよ。

白い帯、移動できるの知らなかった…。

それでは。

RubyKaigi2018

こんにちは。

時間が経ってしまいましたが、2018年5月31日〜6月2日に開催されたRubyKaigi2018にHelperとして参加してきましたので簡単にご報告。

4月に仙台で行われたRubyの勉強会で、RubyKaigiが仙台で行われるという話を聞いたのは、Rubyに触り始めて1ヶ月未満のこと。もちろんRubyKaigi未経験ですし、その時は行くかどうかすら迷っていました。 お手伝いを募集している話は、先の勉強会で作ったSlackで流れてました。カンファレンスは無料で聞けるし、コードではなく行動オープンソースコミュニティに貢献できる…と。揺らぐ。

参加したい旨を会社に相談したところ、休みのお許しがいただけたので、とりあえず応募だけして、定員に達していたなら普通に参加しよう、という気持ちで応募。ちなみに応募したのは期限の翌日で、もう無理だな、とおもいつつもまたフォームが開いてるので応募だけしてみたといった具合です。

時はたち5月。中旬ぐらいになっても音沙汰はなく、やっぱり応募漏れたなーそろそろチケット買うかねと思っていたところ、sato_kawaさんから「RubyKaigiスタッフin仙台メンツで決起集会しましょう」的なメールが届きます。その飲み会自体は行けなかったのですが、このメールでスタッフとして正常に応募できたことを確認したのでした。

RubyKaigi前日は、正直かなり気持ちは沈んでいて、Helper応募を後悔していました。というのも、RubyKaigi2018のTeamに自分の顔が乗り、他のHelperには界隈の有名人がちらほらいて、俺かなり浮いてるなぁ…という印象だったからです。悶々としながら眠りにつきます。当日の朝もそこまで気持ちは持ち上がらず、どんよりした天気の中を青葉山まで徒歩移動。

そんな気持ちも、RubyKaigiが始まってしまえばどこ吹く風で、結果的には2日目と3日目の陽気のように楽しめた3日間でした。Array#lastで最後尾誘導したり、hmskさんと開場前のサイネージをイジったり、本当にあっという間。 最終日のアフターパーティは完全にぼっちだったのでakrさんのLTを聞いた後に中抜けしましたが、広瀬川で飲んでたという話をあとから聞いたときはぐぬぬってました。

ちなみに、翌日は仙台のRuby勉強会にも参加し、有給を挟んだりせずそのまま月曜から業務に突入したので、軽くランナーズハイ。体力的にかなりきつかったです。。w

来年の福岡も参加したいと思ってます。次はちゃんとカンファレンスを聞きたいから通常参加かなぁと心に決めながらも、またスタッフやりたいなって気持ちもどこかにあって、やきもきしております。まぁ、あと1年あるし、ゆっくり考えますかね。

それでは。

【2018年 初夏】リゾートみのりに乗ってきた

こんにちは。

GWは家族行事が盛りだくさんでまともな旅行ができなかったので、リゾートみのりでちょっと遅めの新緑補給してきました。 www.jreast.co.jp

仙台駅

歩いて仙台駅へ行こうとしたけど小雨がぱらつき肌寒いのでバス。 8時前に到着。相変わらずの大宮感。

東西連絡通路がオサレ化しててよい。 f:id:seal2501:20180521075521j:plain

きっぷ補給

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仙台近郊区間内で途中下車しないなら目的地までの最安運賃きっぷを持っていれば大丈夫なのですが、今回は3回途中下車するつもりなので、小さな旅ホリデーパスを使います。

リゾートみのりの指定席は、私は事前にえきねっとでシートマップから座席指定購入しましたが、空席があれば発車後の車内でも買えたようです。

リゾートみのり入線

ディーゼルのドロドロ音たまらん。

ピッチが広くて快適。隣はずっと空席でした。

仙台→松島

天気が悪くてあまり遠くは見えず。泉ヶ岳を越えていきます。 松島駅からは海も見えないので、この辺はまだ助走。

松島→小牛田

天気が回復してきて、水の張った田圃に写る空がとてもきれいでした。

小牛田→鳴子温泉

山が迫ってくる⛰青々としていて初夏を感じます。

鳴子温泉で途中下車

鳴子温泉では列車交換の為、23分停車。 てことで、ここで途中下車します。

駅に備え付けの足湯につかり、旅の疲れを癒します。

思ったより時間に余裕があったので、軽く温泉街を散策します。

駅からちょっと歩いたところにあるお店で栗だんごを購入。11時頃は出来立てが頂けます🤤

鳴子温泉→新庄

陸羽東線で1番有名な鳴子峡をゆっくり過ぎます。 私は山側に座っていたのですが、通路の反対側の席の人は鳴子温泉で下車していたので覗くことができました!…が、やっぱりここは紅葉〜雪シーズンがいちばんの絶景かも。

山形県に入る頃には天気はどんどん悪くなっていき、最上駅のあたりでは普通に雨でした☂️

新庄で途中下車

みのりととれいゆが顔合わせ。

陸羽西線と秋田方面の奥羽本線は大雨で運転見合わせ。 陸羽西線は前日から運転を見合わせていたためか、代行バスが手配されていました。

新庄城に向かって歩きます。こんなところにも山交バス。

ざぶんでお昼ご飯。冷たいそばにめんつゆをかけるタイプは初めてかも。

レトロな店内。吉田類のサインがある…!

時間があればお城も見たかったのですが、急な予定変更のため、山形へ向かいます。

新庄→山形

この区間は爆睡している間に山形到着。 時間が許せば大石田で途中下車して千本だんごを食べに行きたかったな🍡

お疲れ様でした。

2週間モノを持たない生活を体験した

こんにちは。

「何もない部屋」で暮らしたい

不況でも、楽に自由に生きるには?「ミニマリストライフのすすめ」 : earth in us.

matome.naver.jp

以前、ミニマリストというライフスタイルが一時期話題になったことを覚えている方も多いと思います。結局ミニマリストミームでしかなく、自己啓発の一種だとしか思えないのですが、今回、引っ越しのタイミングと会社の通勤事情の関係で、ほとんどモノを持たない状態で2週間生活しました。その際に、いろいろと気付きがあったのでここに記しておきたいと思います。

なぜ何もない部屋で生活することになったか

引越し前の家のほうが通勤が楽だったので、家具だけ引っ越し先に送って私は今の家に残ることに。結果、部屋には生活最低限のものだけが残っている状態となりました。 ※ちなみに在宅でフリーランスやってる嫁ですが、引越し先のライフラインが未開通ということもあり、一時的に実家へ帰ってもらいました

手元に残したモノ

  • 布団
  • カーテン
  • 服(ジーンズ、シャツ、ジャケット、カーディガン、コートそれぞれ2着。あと下着類)
  • シャンプー
  • タオルを数枚
  • ひげそり
  • 歯ブラシのトラベルセット
  • ヒーター
  • 本を数冊
  • 掃除機
  • パソコン
  • ケータイ
  • Switch

生活習慣

私は暇があるとテレビを見ちゃうテレビっ子(見るのはほとんど録画したドキュメンタリーかアニメ)なのですが、初日は帰宅後にテレビが見れないのでやることがなく、横になってたら夜の9時ぐらいには寝てました。これ、前職の退職後も引越し後に家に何もない→帰ったら寝るっていう状態になってたのですが、それが再来した感じ。 2日目も仕事は定時上がりで、外食して家についてもまだ7時半。ダラダラSNSするのも時間を無駄に消費してる感があって嫌だ。時間を有効に使うのは何だろう?と考えた結果、勉強してました。触ったことのなかったPHPフレームワークの入門書を読んで写経するレベルですが、勉強する習慣が抜けちゃっていたので、いい機会になりました。 どうしても勉強したくない日もありましたが、そういうときは気になっていた社会系の本を買って読んで気分転換。ちなみに、勉強に関しては机がないので、可能な限りは電源が使えるカフェで勉強させてもらったりもしました。

洗濯

洗濯機もないのでコインランドリーです。ただし、歩いていける距離にコインランドリーがなかったので、カーシェアで移動しました。洗濯終わるまでの時間はドライブしながらラジオやポッドキャスト聞いたり、コインランドリーで読書する時間となり、わりと充実。2週間で3回だけ使いました。一戸建ての多いエリアのコインランドリーなので、そんなに混んでないかなぁと思ってたのですが、洗濯〜乾燥までやってくれるから、思っていたより利用者がいてびっくり。最終日近くになってからは必要な分だけ風呂場でボディーソープを使い、適当に洗濯して間に合わせました。あかぎれが痛い

食事

冷蔵庫もなければガス台や鍋もないので基本は外食かお弁当です。初日の夕食は弁当を買ってきて部屋で食べたのですが、テーブルのない部屋であぐらをかいて弁当を食べるという行為が死ぬほど辛かったので、2日目以降は外食。ただ、お腹が下り調子だったので、近所の蕎麦屋で柔らかめにしてもらったうどんか、定食屋で消化に良さそうなメニューばかり食べてました。調子乗って某牛丼チェーンで牛丼食べたときは下痢してやばかった。

筋トレ

勉強も本も読みたくない…ってときは、ポッドキャストを聞きながら筋トレとかしてました。

ポッドキャスト

radikoやらNHKラジオを聞こうと思ったのですが、夜7時からはMVNOだとストリーミングで聴くのがきついので、ポッドキャストを探して視聴。TLでたまたま見かけたRebuld.fmを聞き始めました。面白いですね。最近ずっと聞いてます。Amazonプライムビデオの話が出るたび観たくなってやばかったですが。

rebuild.fm

やらなかったSwitch

スプラトゥーンしたかったので本体だけ一応手元においてあったのですが、エイムやらなんやらが全然うまく扱えなかったので1回だけやって全く触りませんでした。

嫁との関係

家事全般は私がやっているのでドラスティックな変化はなかったですが、今まで一緒にいた人がいないことに違和感はありました。それも2〜3日で慣れて、むしろ、定期的にLINEして何かあったら電話して、適切な距離感って感じ。ただ正直、寂しいとは思いました。

モノを持たないで生活をするということ

メリット

一番感じたことは「私に必要なものがなんなのか」をよく考え、吟味するようになったことです。いまモノを増やしたら最終的な退去時に大変になることが自明なので、いらないものは買わない・持たない、必要なものでもどれが一番今のニーズにマッチしているのかをすべて考慮して選択という行為で、判断能力が刺激された気がします。失敗したら捨ててきゃいいじゃんって話かもしれませんが賃貸で残り日数が少ないタイミングでゴミが増えるのはきついんですよね…ごみ収集のサイクルとかも考えないといけないので。

あとは、何と言っても身軽なことですね。期間中にとあるトラブルが発生したのですが、とりあえずケータイ、パソコン、財布だけ持ち出せば生活できるな…って思考になれたので。

デメリット

トラブルに弱いってことだと思います。そのうちかけたら書きますが、上記のトラブル(詳細は後日エントリーできたらいいな)により、カーテンが1窓分とタオル数枚が犠牲となりました。結果的にはそれほど大きな影響は出ませんでしたが、もしかしたら風呂にも入れず、カーテンもない部屋で過ごす羽目になっていたかもしれません。まぁ、そのときは銭湯やら温泉やらに入りに行って窓のシャッターを下ろしておくだけですが。

まとめ

モノを持たない生活=サービスへの依存を強めるってことでした。食事、カーシェア、コインランドリー。銭湯もそうでしょう。Lifeline as a Service。極限まで他者に依存すれば、モノを持たない生活は結構かんたんに実現できます。そのライフスタイルが私の求めているものなのかやコストパフォーマンスに見合っているかは考える必要がありますが、風呂も洗濯機置場もない、ガス台もない激安賃貸物件があったとして、その周囲に外食できるお店、コインランドリー、銭湯があるのであれば、それはそれで穴場だったりするかもしれません。 もう一度同じ生活をしたいかと言われたら、アリだと思います。ただし、引越し前の家の立地では二度とやりたくないですね。サービスを受けるのに不便がありすぎました。コインランドリーが遠いとか、飲食店の幅が狭くて食が偏りそうとか。

後日談

ちなみに、ちょっと訳あってこの後に南千住のドヤ街(山谷)で2日間だけ似たような生活を送ったのですが、食事する場所は選び放題でコインランドリーも充実、銭湯もたくさんあり、交通の便が良いのでカーシェアも特に不要で言うことなし。日雇い労働者向けに最適化されまくってる印象。ただし、泊まったホテルはいくらきれいとは言え激セマ(3畳一間でトイレ風呂共通)ですし、泊まってる人もアレな感じだったのでホテルの風呂は使わず銭湯を使い、眠くなってきたら寝に帰り、朝ラッシュも嫌だし6時にはホテルを出てマクドナルドや公園で朝の時間を過ごしてました。これはこれで古き良き日本の生活習慣なのでは?なんて思いましたが、真夏や真冬はきっと耐えられないですね…春でよかったです。

それでは。