あかぎれが痛い

ついでにお腹も痛い。

コミックマーケット95に出展します

こんにちは。

平成最後のコミックマーケットC95へ出展します。

テーマは、鉄道🚃とお酒🍶です。旅行記、写真、鉄道と酒にまつわる小ネタレポート、レポートする上で使ったテックネタをまとめた薄い本をご用意する予定です。ご期待ください。

また、私が参加している音楽サークル、K9M.NETのCDも若干数ではありますが委託販売します。鉄道系サークルでありながら、ダンスミュージックの要素が強いため別日のことが多く、なかなか手に取れなかった…という方は、当ブースへお越しください。

詳細は追ってお知らせいたします。それでは取り急ぎご報告まで。

村八分問題で感じるモヤモヤ

天理市の件、めっちゃもやもやしました。

恐ろしすぎる村八分…全くの孤立状態、葬儀にも来てもらえず 奈良県内自治会に「是正勧告」 - 弁護士ドットコム

村八分は絶対悪です。だたの集団私刑じゃないですか。

ただ、ネットの意見ですごい違和感があるのは、田舎暮らしを知らない都会の人が田舎は怖いといっていること。そして田舎サイドの意見が著しく少なく、もしあってもイケハヤのように偏りまくった意見しかない事。それに、田舎から都会に出てきた人も田舎が怖いということ。ひとつずつ私の思ったモヤモヤを出力して解きほぐそうと思います。

東京にも村八分はあった

集団の意識体に存在しない場合の見せしめとして村八分被害者が機能していて、その他大勢は集団意識を高める…この構図、要はいじめと変わりません。では、いじめは田舎にしかないのかというとそうではありません。東京では、高層マンションのヒエラルキーなど、社会問題として顕在化しているものもあります。ただ、都市と田舎で絶対的に違うのはコミュニティの数。もし村八分されたとして、被害者側に勇気があれば、問題なく別のコミュニティに参加することができちゃったりします(もちろん当人の人間性に問題がある場合はこれには当てはまらないんですが)。その為、大々的に問題になるケースは少なく、いざ問題になれば村八分した側が弾糾されるという浄化作用が都市にはあります。 一方、田舎には残念ながらコミュニティの数は多くないし、もしあったとしても、都市ほど住居の流動性が高くなく、コミュニティ間に距離的な隔たりがあったりするので、なかなか問題のコミュニティから抜けることが困難だったりします。よって、都市に比べて問題が深刻化しやすい傾向になってしまうのだと思います。。

東京だから民度がどうこうというのは間違っている

この以前の私のエントリでは、沿線ごとの個人的なランキングをつけさせてもらいました。そこで民度一位の路線として東急大井町線を挙げてはいますが、大井町線にも変な人が全くいないわけではありませんでした。あのランキングは、肌間で感じた低民度人の偏りに過ぎません。働きアリの中にサボるアリが必ず現れることをご存知でしょうか。それと同じように、民度の低い人は一定の割合で必ず発生してしまうのではないでしょうか。田舎だから民度が低いとか、都会だから民度が高いとかではなく、東京は人口が多いので、そういう残念な人に遭遇する可能性が高いのであって、(都市|田舎)だから民度が(低い|高い)とかを議論する意味はない。。。そんな気がします。

村八分する側の言い分にも一定の納得感がある

天理市の例は一旦置いておいて、山梨県北杜市の話をします。北杜市では以前、町内会費を払わないと共同のゴミ捨て場が使えないという村八分が行われていることを週刊誌が報じて話題になりましたが、覚えていますか?

移住ブームなのに…“村八分”あるある話 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

あの話は、私には少なくとも、町内会側の言い分も一部は理解できました。ここから、実体験を語りたいのですが、昔、私の実家がある山形でも同じことがありました。もちろんその頃は町内会に入らないことの方が少数派でしたがもちろん一定数は存在ていましたし、無加入でもゴミ捨て場は使えていました。しかし、その事情が変わってしまう事件が起こります。近隣にマンションが建ち、そのマンションには専用のゴミ捨て場がなく、そこの住民は共同のゴミ捨て場を使っていました。しかしそのマンションの一部住民が、一切の分別をしないでゴミを出していました。結果、そのゴミだけ回収されず、町内会で行なっている月一回のゴミ捨て場清掃のタイミングで町内会側が再分別せざるを得なくなってしまいました。それが何ヶ月か続いたところ、今度は本来は有料のゴミをわざわざ遠方から捨てに来る人が現れてしまいました。そうなると町内会の予算では対応できなくなり、最終的に、マンションの管理会社にお願いし、マンション専用のゴミ捨て場を作った上で、共同のゴミ捨て場は町内会の加入者のみが使えるようにせざるを得なくなってしまいました。 北杜市の件がどう行った経緯であのゴミ捨てルールになったのかはが定かではありませんが、少なくとも私がこう行った体験をしたことがある以上、そのようなローカルルール出来上がるのは、致し方ないもではないでしょうか。ちなみに、市がこの問題に介入するのにも限度があると思います。似たような例はたくさんあるので、問題全てに介入するとなったら財源的に厳しいのは想像に難くないです。

まぁ、移住者を町内会に入れないのは絶対的におかしいんですけどね…

村八分している村は無くなってもいい

ただでさえ過疎化しているのに、移住者を受け入れないなんてどうかしているという声を見かけました。ごもっともなのですが、住民にとっては何の問題もないです。死ぬまでに町が残っていればいいと思っているはずです。日本全体で見ても、今年金もらってる人たちは「俺らがもらえればそれでいい」「医療費も俺らが死ぬまで自己負担2割ならいい」としか考えていないのに、限界集落の住民も、勝ち逃げできればいいと考えていても何ら不思議ではありません。つまりそれは、行きている間に村がなくなるには困るが、死んだ後のことは知らない、というのが彼らの言い分ではないでしょうか。困るのは、整備したインフラをメンテナンスし続けないといけないのに住民は減って減収になる自治体だけですね。

田舎が移住者に求めているものは何もない

今、移住者が増えている自治体も、大半は最初から受け入れがうまくいっていたわけではないです。最初に移住した人が、町を再生し、住民の意識を変えることができた町だけが移住者を増やすことに成功していると思った方がいいでしょう。住民は、閉じた世界でうまく行っているのに、今更やり方を変える必要はこれっぽっちも感じていません。 ざっくりいうと、移住者が過疎の町に店を出して繁盛し、元から町にあったお店にも人が増えてきた、といったサイクルが起きるとか、環境が変わったことで住民への何らかのフィードバックがあれば、意識が変わり、移住者を受け入れる土壌ができていくと思います。

田舎になにかを求めるだけの移住者になっていないか

「老後を静かに過ごしたい」「自給自足で暮らしたい」なんていうのは別に移住しなくても手に入ります。例えば、別荘を買うとか。ペンション経営するとか。今の働く世代は死ぬまで働くか、老人にできるような単純労働はAIが奪っていく可能性があるので、老後といった概念が消え失せるか、早く職を失い年金の支給が始まるまでの長い間を自力で堪える必要が出てきます。悠々自適な老後を送れるという前提条件が間違っていることに気づいて欲しいです。 それでも移住という選択で目的を果たしたいのであれば、移住予定地をいくつか洗い出し、あらかじめ地域の人とコネを持ったり、自分の想いを受け入れているのかを調べてから家を買うことを勧めます。だいたいどの自治体にも移住支援課やそれに準ずる組織があるので、そこで聞いてみてください。多分同じことを言われます。甘い考えの移住希望者にはお灸を据えられ、そして気分を害して田舎はクソとか言い出すんじゃないでしょうか。

田舎はクソだという地方出身者の正体

田舎から東京に出てきた人がよく口にする田舎は相互監視社会だから嫌という話があります。もし相互監視に嫌気がさして東京に行っていきっているのであればあなたこそ本当の意味で田舎者です。民度最悪の地方出身者の発想です。都市に出てきたからといって相互監視から抜けられるわけではありません。相互監視のスコープが、田舎の町からあなたの所属するコミュニティに変わるだけです。

A君とBちゃんが付き合っているレベルの話が一夜にして知れ渡るくらいであれば、田舎の悪いところとは言えません。そんなのTwitterとかLINE見てるだけも観測可能です。

田舎が怖くて仕方がない田舎者はすぐに都市に出たほうがいい

もちろん身の危険直結するようならその限りではないです。例えば、A君とBちゃんが付き合っていることを知ったC君がA君に危害を加えるようになった、C君を警察に突き出しても何もしてくれないみたいなコミュニティなら、ぜひ抜け出してください。危険なコミュニティに属する必要は全くないです。ただ、全ての田舎がそこまで危険だとはとても思えません。もしそのレベルで危険で残念な田舎なら、警察もマジョリティ側のコミュニティに属しているはずなので、国家権力が力にならないはず。その例が、山口連続殺人放火事件ではないでしょうか。そういうコミュニティで苦しんでいる人を救済できる仕組みは必要かもしれません。

山口連続殺人放火事件 - Wikipedia

人間に組み込まれた不具合を是正するシステムがあればいいのに

村八分やいじめが発生してしまうのは人間の脳の仕組みに起因しているという中野信子さんの本があります。

読みたいと思いつつまだ読めてないので本の中で語られているのであれば申し訳ないのですが、科学的にいじめのシステムがある程度解明されているのであれば、いじめが起きない仕組みを作っていくことはできると思うんですよね。じゃあ具体的にどうやったらいいのかは、全く見当もつきませんが。。。

閉じた世界から出よう

田舎は閉じた世界というのはその通りかもしれません。でも、都会も都会で閉じた世界の複合体でしかなく、閉じた世界間に接点が多いだけです。属しているコミュニティに限界を感じたら、抜けても構いません。失踪したっていいんじゃないでしょうか。

来る者を拒まないコミュニティは沢山あります。いろんなコミュニティに加わっておくことは、トラブルが起こった時の保険になります。これはエンジニア転職で言われている話でもあったりします(潰れたりブラック化したらすぐ別な会社に移れる、とかね)。 保険を作っておきましょう。これは自分自身へのメッセージでもあるんですが…

「どこの田舎もクソで村八分に合う」はデマ

これが私の言いたかった結論です。

ただし、繰り返しになりますが、危険な田舎が存在することもまた事実なので、その辺の情報は被害者を増やさないためにも積極的にネットや移住者を呼びたい自治体が集合知を作っていくことが求められます。

それでは。

ブータブルUSBメモリを普通のUSBにフォーマットするのにハマった

こんにちは。

以前、Macに作ったパーティションUbuntuをインストールするために作成したインストールUSBを発掘したので、このUSBを再利用するためにフォーマットしようとしたところ、Macにつないだやいなや セットしたディスクは、このコンピュータで読み取れないディスクでした と表示されてしまい、ディスクユーティリティでみても、マウントされていないUSBメモリは見えるものの、フォーマットしようとしてもエラーが発生してフォーマットできませんでした。しかも4GBのメディアなのに200MBしか認識されていない。

複雑に考えてしまい、 fdisk とか、低レイヤーな操作方法で解決しようと調べ始めていたのですが、ディスクユーティリティを再度弄り倒した結果、すんなりフォーマットできました。ディスクユーティリティのUIがHigh Sierraから変わったのが原因でした。

手順

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もうフォーマットが終わっているので普通にマウントできていますが、 SONY と書いてあるのが外付けUSBで、症状が出ているときはアンマウント状態(グレーアウト)していました。このデバイスを選択して「削除」を実行しても普通に失敗します。もしフォーマットできても200MBのドライブができたと思いますが、1GB未満のドライブをApple_HFSにフォーマットできないっぽいエラーが出てました(ちょっとうろ覚えですが)。

キモは「表示」

ディスクユーティリティの左上にあるサイドメニューアイコン「表示」をクリックして、「すべてのデバイスを表示」にします。 f:id:seal2501:20180917003206p:plain

そうすると、デバイスが出てきます。Mac(というかLinux)では、デバイスの下にディスクがあり、ディスクはデバイスで定義されたパーティションとして認識されています。ですので、「パーティションをフォーマット」するのではなく、「デバイスをフォーマットする」が正解でした。

ということで、USBメモリのデバイスを選択した状態で「削除」ボタンを押してフォーマットしましょう。 f:id:seal2501:20180917003611p:plain

  • 名前

    なんでもいいです。

  • フォーマット

    これも何でもいいですが、Macだけなら「Mac OS拡張(ジャーナリング)」、Windowsでも使いたい場合は「MS-DOS(FAT)」を選択するのが吉です。

  • 方式(キモ)

「GUIDパーティションマップ」を選択してください

セキュリティオプションは別に選択しなくてもよいです。というか、USBメモリなのでセキュアにフォーマットするとリードライトを頻発させるので故障率が上がる気がします(最近のはそうでもないかも)。

いざフォーマット

あとは「消去」ボタンを押して完了です。 一瞬でフォーマットが終わり、普通に認識されるようになりました。

削除=フォーマットっていうのがなんともアレですね。

それでは。

資格を受験してきました(そして落ちました)

こんにちは。今回は財布が痛いです。とほほ。

頻尿で潰瘍性大腸炎の私にとって、閉鎖空間に長時間拘束されることが非常に苦手です。 特に資格受験では、途中退出するとその時点で棄権になるルールがあったりするのでずっと避けてきていた資格受験に、久しぶりにチャレンジしてきました。受験したのはRuby技術者認定試験の Ruby Association Certified Ruby ProgrammerSilver version 2.1 です。

最後に受けた資格の受験は、基本情報技術者試験ですね。前回は、途中で体調不良になって退出して棄権扱いでした。 (その後、バイクの免許の卒検を受けてますが、所要時間は10分ぐらいですし退室とかいう概念も特にないのでノーカン)

ちなみに、この試験では途中体調不良になっても人を呼べば途中退出OKでした。もちろん時計は進みます。 それと、問題も50問ですが選択形式なので、すらすら解けてしまえば90分フルもかかることはないはずです。それに、全問解き終わったら退室して大丈夫でした。国家資格みたいに必ず開始後60分は拘束されるといったこともありません。 私はアンケート含めて40分ぐらいで退室しました。まぁすらすら解いておきながら落ちたんですが。

この資格を受けようと思った経緯は非常に短絡的かつ後ろ向きな理由で、半年前に転職した会社の人事考課のためです。

入社直後にマネージャーと行った面談で、「Railsの案件やるんだしRubyの資格とったら?」という提案から、半期目標としてこの資格をとることが目標となったのがそもそもの始まり。入社直後はまだRubyのるの字もわからん状態だったので、ネットでQiitaとかRailsのマニュアルを眺めながらまずは案件を回すところにばかり注力していました。

間にRubyKaigiをはさんで、Rubyの深みにはまり、案件もだいぶ回せるようになってきたので、そろそろ資格の勉強もしないとなぁなんてシャキッとしないまま参考書を会社の金で買ってもらい、時間を見つけては読み、例題を解いて、間違えたところを復習するスタイルで2ヶ月ほど勉強し、RExでコンスタントに90点前後のスコアが出せるようになってきたので、そろそろ受験しようと動き始めたのが7月末。プロメトリックで受験可能な日を探したら、すでに空いてる日程がほとんどなく、8月末まで会場が空いておらず焦る(空いてるには空いてたけど宮城県で探すと古川しか空いてなかった)。

半期が終わるギリギリの8月中には合格しておきたかったので、なんとな8月末にねじ込み受験してきました。

結果はタイトルにある通り不合格で、66点(50問中33問正解)と合格ラインの75点をけっこう下回った結果。基本情報技術者試験の勉強をしていた時も、過去問では合格ラインなのに、本番では点が取れない。まぁ前回は途中退出したのが致命傷なんですが。きっと、出題の意図を汲み取って「解く」のではなく問題を暗記してしまっているんだと思います。

事実、RExだけやってるときは点数がどんどん上がりましたが、しばらく参考書の例題を解いた後にRExに戻るとまた点が下がる、みたいなことがありました。

私は本当に暗記力がないので、人より反復学習しないといけないですね。自分がやりたいことを実現するために必要なことはすぐに覚えることができるのですが…

ちなみに、受験後はショックすぎてGoogleで「Ruby Silver 落ちた」とかで検索してしまって、「10日でRuby Silverに合格する方法!」っていう記事が出てきてさらに凹みました。半年実務でRubyに触り、2ヶ月参考書で勉強しながらも落ちてるのに、10日勉強しただけで受かる人もいるんだなぁ、資格ってなんなんでしょうね。

Rails使えてる! と自信がついてきてたところだったので、今回はそのねじ曲がった認識を打ち砕いていただきました。もっと精進せねば という意識に引き戻してくれたことが今回1.6万円払って得られたことでしょうか。 実際、業務では可読性を考慮するという意図で、eachとかmap、たまーにinjectみたいな代表的なメソッドしか使ってません。実際、[1,2,3] | [2,3,4] とか IO#seek は完全に資格対応のためだけに覚えた感。もっとRubyらしいコードも書いてってことですね。

ちなみに一緒に働いてる未経験で入社した年下の子も受験したのですが、彼は普通に合格してて冷や汗。 一応、その子の指導係になってたんですが、先を越されてしまいましたね。

ちなみに、基本情報技術者も、取っておきたいんだけど、身体的に難しいよなぁ(試験時間 2.5h x 2 は今の自分には無理ぽ)

それでは。

東京から仙台に移住しました。

こんにちは。

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今年2018年の3月に東京を離れて、仙台に移住しました。理由や思うところがたくさんあるので、引っ越しから4ヶ月の節目で振り返りを兼ねてエントリーします。

前提条件

私は好きで東京に定住したわけではありませんでした。もともと地元の山形の風土が好きで、県外への転居もあまり考えたことはありませんでした。

なんで東京に住んでたのか

TL;DR

山形の会社で東京に転勤になり、転勤中に東京の会社に引っこ抜かれました

もっと詳しく…

この節は愚痴やエモい話が含まれれるので読まなくてもいいです。 読みたい方は本文をクリック(タップ)してください。文字が大きくなります。

私がやりたかった仕事は Web 系のお仕事。地方には殆ど仕事はありませんでしたので、東京で仕事を見つけて地方で開発を行う、今で言うニアショアを行っている会社に入社します。常駐案件も受託していたので、もちろん東京に行く可能性はありましたが、もし常駐になったとしても、数年東京で働いてから山形に戻ればいいぐらいの気持ちで日々の仕事をこなしておりました。 結果的に、私は常駐案件の面談に駆り出されたタイミングで出張になります。結局、案件は受注できませんでした *1が、せっかく東京に来たのなら、勉強会や交流会で東京の雰囲気を感じてほしいという社長の好意で、東京の営業所で1人で山形でやっていた開発の続きをはじめます。この時点ではまだ、転居と言うよりは長期出張という扱いでしたが、山形で仕事をしている CTO(本当は VPoE が正しい。当時はそんな概念なかった)と連絡やり取りするよりは、手元にいるエンジニア捕まえて技術的なことを聞いたほうが気軽だと社長が気づき、東京にいるうちに、東京への転勤を命じられます。私も東京にこなれてきた時期でしたし、東京で人間関係が構築され始めた時期だったので、もう少し東京にいてもいいかな、と思い始めていたこともあり、悩み抜いた後にこれを了承し、正式に転居となります。転居と言っても、家を借りられる程の給料はもらっていませんでしたので*2会社が借りている賃貸物件に住むことに。その後はノー土日、ブラック案件、社長からのパワハラと続き、心身ともに疲弊していきます。

その後も受託開発で食いつないでいましたが、銀行系の常駐案件が決まり、さらに派遣先の会社からの引き抜きを受け、転職となりました。ここで年収は倍になります*3。 SES派遣であることに変わりはありませんでしたが、もともと大きいSIerに努めていた社長が、会社から撤退を命じられたときにお客さんと結託して案件ごとぶっこ抜いて独立したベンチャーだったので、ブラックな案件はなく、従業員もいい人が多く、秀でた会社だったと思います。おかげさまで、リアルが充実し、転職後すぐに恋人ができて、結婚するまでに至りました。

東京を離れようと思ったきっかけ

繰り返しになりますが、2社目は本当にいい会社でした。ただし、1店だけ欠点がありました。銀行系案件だと、枯れた技術を使うため、新しい知識が入ってきません。さらに、同じお客さんと、ずっと同じ仕事をするので、新しい技術を習得できず、万が一案件がなくなった場合、次の現場が決まりにくく、即会社が傾きます。金融系という環境のため、枯れた技術のノウハウしかないので、転職も難しい。 そこを社外の勉強会とかに参加して、技術をフォローアップしていけばよかったのですが、前職で土日も仕事していた身としては、また休みを削らないといけないのか…という思いがあり、私はそこまでの気持ちにはなれませんでした*4

この欠点に気づいてから、私はもんもんとし続けます。この頃から、またWeb系の仕事に戻りたいという想いが強くなってきていました。そんなときに、この事件が起きます。

akagire.hatenablog.com

本当に辛くて、こんな愚痴もエントリーします。

akagire.hatenablog.com

これが最終的な引き金となり、本格的に山形に戻るべく、行動を開始しました。ただ、この問題解決のために移住を選ぶのは、正直安直だったかなと今は思います。通勤しなくてもできる仕事なら東京でもできますし、もう少し東京でも通勤が苦にならない会社に転職して、それでも山形に帰りたいならそのときにもう一度考えるという方法もあったな、と今なら思えます。

ちなみに、本当は2017年中に転職したかったのですが、案件の契約の関係で、結局転職は4月になりました*5

なぜ山形ではなく仙台だったか

TL;DR

山形にいつでもいける距離感と、安すぎた山形の給料水準

もう少し詳しく

第一に待遇です。まず、私がエントリーしたのは2社で、1社が山形、もう1社が仙台です。ちなみに仙台の会社は本社が東京だったので、面接なども全部東京で行いましたが(Skype とか Zoom とか Hangout でも OK だった)。業種も違うので、正しい比較は難しいのですが、まぁ全然給料のベースが違いました。 山形で内定いただいた会社の年収は仙台のそれと比べると8割ぐらい。仙台の会社で内定をいただいた後に山形の会社に面接しにいったので、直球の質問には直球に返しましたが、その時に待遇面の質問を受けたので、「仙台の会社の年収は御社定時の年収の1.3倍です」と正直に答えたのですが、正直うろたえていたのが印象的でした。

次に、位置関係です。仙台と山形は、電車で1時間半弱でいけますし、今住んでいるところは車だと1時間でいけちゃう距離なので、本当に行きたくなったらその時だけ山形に行けばよいのでは?という結論に至りました。それと、住んでみてわかりましたが、仙台の風土も割と好きになってきたので、それほど頻繁に山形に行くことは減ってきました。近いといかなくなる法則だと会社の人から言われましたが、言い得て妙…!

最後に、嫁の都合です。何度も一緒に山形に帰っていましたが、東京暮らしが長い人をいきなり山形のような中規模地方都市に連れ出すのは精神的なハードルがめっちゃ高かったです。今でも事あるごとに、東京に戻りたいか聞いているのですが、仙台をとても気に入っていて、埼玉とか三鷹とかに住むより便利で食べ物はなんでも美味しいし行きたいお店は東京と同水準だし不満が全くないと大変気に入ってもらえました。この点は夫婦で移住する際はとても重要だと思っていて、価値観が合わないところにむりやり連れて行っても生きづらくなるだけですからね。*6 それに、実家の熊谷には新幹線で1.5時間ちょっとで帰れるので、もし両親に何かがあっても比較的すぐに帰れるという安心感も決め手の一つになりました。

山形を諦めた理由

正直まだ諦めてはいません。もともと山形に住んで電車通勤するつもりでしたが、それだと通勤がきつい問題が解決しないので結局仙台に住むことにしました。今の会社のオフィスを山形にも作れればいいなぁという漠然とした目標を立ててぼんくら仕事してます。

他に移住先を考えたか

あまり考えませんでした。強いて言えば、嫁の実家がある熊谷市と、熊谷に行きやすくて大好きな街である高崎市は調べるだけ調べました。嫁が海のない県は嫌だという意見を尊重し、どちらも却下になりましたが。

移住してよくなったこと

  • 会社まで徒歩10分

仙台市営地下鉄を使うエリアでも家を探しましたが、辛い通勤をしたくないという点を重視して、会社の近くに家を借りてます。それでもお家賃7万円。ちなみに地下鉄を乗り通しても所要時間30分ちょっとなので、仙台駅近辺の会社なら電車に乗る時間は長くても20分弱になると思います。

  • たまに親が野菜を持ってくる
  • 美味しい蕎麦をいつでも食べにいける
  • 温泉行き放題
  • 秋保温泉のさいちのおはぎ食べ放題
  • 牛たん食べ放題

移住して不便になったこと

  • 東京のコミュニティとの断絶

もちろん覚悟の上ですが、東京でできた人間関係がリセットされた感があります。今の所仙台に来てもちゃんと遊んでくれたのは k9m のお二人だけでしょうか…竈石に寿司を食べに行きました。地元の友達とも連絡はとっていなかったので、仙台に来たから遊ぼうぜ!みたいなノリにはなかなかならないですね。あと東京に出てたり子供がいてて誘いにくいという問題もあります(東京にいるうちもあまり合わなかったですね)。幸い(?)東京に頻繁に出張が発生するので、本当に会いたい人には会いに行けるのであまり大きい問題には感じていません。

  • 日本は東京中心である再認識

今までは気にもとめませんでしたが、テレ東の番組がTwitterで話題になっててもそれについていくことはできません。また、見れたとしても、東京に住んでいない人がアド街を見て楽しめますか、といったところはありますね。。。サンドウィッチマンぼんやりーぬTVとかS-Styleや会社の人との話とかTwitterで情報収集しています。

仙台で生活を初めて想定外だったこと

  • 思いのほか物価が高い
  • わりと車社会

カーシェア会員でよかった。仙台はカーシェアのステーションが大量にあり、もちろん冬はスタッドレスになるので雪が降っても安心です。ただ、利用率も高く、結構狙ってた車がなかなか取れませんので、複数のステーションの場所は把握しておいた方がよいです。地下鉄沿線エリアより外側は完全に車社会です。郊外に買い物に行くとかでなければバイクで全然OKなのが幸い。

移住と転職を同時進行するうえで大変だったこと

仙台の会社は遠隔面接もOKでしたが、基本的には平日の営業時間中に面接を会社に受けに行く必要があります。なので、山形の会社に面接を行った時は次の日に外せない会議があったので日帰りとなり、結構大変でした。もし移住先が決めているのであれば、移住後に就職活動をすることを強く勧めます。もしくは、各地の転職を斡旋してくれるエージェントサービスを行っている会社があったりするので、移住を検討している人は調べてみると良いと思います。私は、山形転職というサービスを利用して、東京にいるうちから無料でヒアリング・案件を斡旋までサポートしていただきました。結局、山形の会社には転職しなかったのですが、快く私の選択を受け入れていただきました。

最後に

移住を検討している人の一助になれば幸いです。 それでは。

*1:受注できなかったのは自分のスキル不足ということもあったと思いますが、当時は世界金融危機サブプライムリーマンショック)真っ只中であり、闇市よろしく、エンジニア経験10年選手が単月35万とかで人身売買されていた時期です。そんなところに私みたいな業界経験1年未満といった新人が出てきても、提案が通らなかったということだと理解しています。今考えれば、そんな案件に駆り出されなくてよかったと心底思っていますが。

*2:手取り10万切る月もありました。もちろんボーナスはなし。当時は普通だと思っていたが徐々に異常であることに気づき始めて転職したくてやばかった。

*3:よくこの話をすると「よかったね!」と言われますが、前職の待遇が異常に低かっただけで、転職後の年収も20代の平均以下でした

*4:東京暮らしに公開があるとしたらこの1点です

*5:内定もらったのが10月なのでほぼ半年…今考えると申し訳なかったです

*6:ちなみに山形に移住するのはどう思うかも聞いてみると「まぁ毎週末仙台に行くかな」ということでした

Macの通知を外部ディスプレイに表示させたい

こんにちは。

仕事でMacBook Proに外付けディスプレイ繋いで使っているのですが、ChatworkとかSlackとかメールの通知がMacBookの方に表示されて気づかないことが頻発したため、どうにかならないか調べました。

通知はメインディスプレイに表示される

つまりメインディスプレイを外付けディスプレイに変更したらよい。

外付けディスプレイをメインディスプレイにする

「システム環境設定」→「配置」タブに行って、 f:id:seal2501:20180705211647p:plain

MacBook側の白い帯を… f:id:seal2501:20180705211805p:plain

外付けモニターにドラッグアンドドロップf:id:seal2501:20180705211828p:plain

これでMacBook側ではないモニターに通知が表示されるようになりました。特にサブディスプレイをMacBookの左側に配置している人におすすめですよ。

白い帯、移動できるの知らなかった…。

それでは。

RubyKaigi2018

こんにちは。

時間が経ってしまいましたが、2018年5月31日〜6月2日に開催されたRubyKaigi2018にHelperとして参加してきましたので簡単にご報告。

4月に仙台で行われたRubyの勉強会で、RubyKaigiが仙台で行われるという話を聞いたのは、Rubyに触り始めて1ヶ月未満のこと。もちろんRubyKaigi未経験ですし、その時は行くかどうかすら迷っていました。 お手伝いを募集している話は、先の勉強会で作ったSlackで流れてました。カンファレンスは無料で聞けるし、コードではなく行動オープンソースコミュニティに貢献できる…と。揺らぐ。

参加したい旨を会社に相談したところ、休みのお許しがいただけたので、とりあえず応募だけして、定員に達していたなら普通に参加しよう、という気持ちで応募。ちなみに応募したのは期限の翌日で、もう無理だな、とおもいつつもまたフォームが開いてるので応募だけしてみたといった具合です。

時はたち5月。中旬ぐらいになっても音沙汰はなく、やっぱり応募漏れたなーそろそろチケット買うかねと思っていたところ、sato_kawaさんから「RubyKaigiスタッフin仙台メンツで決起集会しましょう」的なメールが届きます。その飲み会自体は行けなかったのですが、このメールでスタッフとして正常に応募できたことを確認したのでした。

RubyKaigi前日は、正直かなり気持ちは沈んでいて、Helper応募を後悔していました。というのも、RubyKaigi2018のTeamに自分の顔が乗り、他のHelperには界隈の有名人がちらほらいて、俺かなり浮いてるなぁ…という印象だったからです。悶々としながら眠りにつきます。当日の朝もそこまで気持ちは持ち上がらず、どんよりした天気の中を青葉山まで徒歩移動。

そんな気持ちも、RubyKaigiが始まってしまえばどこ吹く風で、結果的には2日目と3日目の陽気のように楽しめた3日間でした。Array#lastで最後尾誘導したり、hmskさんと開場前のサイネージをイジったり、本当にあっという間。 最終日のアフターパーティは完全にぼっちだったのでakrさんのLTを聞いた後に中抜けしましたが、広瀬川で飲んでたという話をあとから聞いたときはぐぬぬってました。

ちなみに、翌日は仙台のRuby勉強会にも参加し、有給を挟んだりせずそのまま月曜から業務に突入したので、軽くランナーズハイ。体力的にかなりきつかったです。。w

来年の福岡も参加したいと思ってます。次はちゃんとカンファレンスを聞きたいから通常参加かなぁと心に決めながらも、またスタッフやりたいなって気持ちもどこかにあって、やきもきしております。まぁ、あと1年あるし、ゆっくり考えますかね。

それでは。