あかぎれが痛い

ついでにお腹も痛い。

東京から仙台に移住しました。

こんにちは。

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今年2018年の3月に東京を離れて、仙台に移住しました。理由や思うところがたくさんあるので、引っ越しから4ヶ月の節目で振り返りを兼ねてエントリーします。

前提条件

私は好きで東京に定住したわけではありませんでした。もともと地元の山形の風土が好きで、県外への転居もあまり考えたことはありませんでした。

なんで東京に住んでたのか

TL;DR

山形の会社で東京に転勤になり、転勤中に東京の会社に引っこ抜かれました

もっと詳しく…

この節は愚痴やエモい話が含まれれるので読まなくてもいいです。 読みたい方は本文をクリック(タップ)してください。文字が大きくなります。

私がやりたかった仕事は Web 系のお仕事。地方には殆ど仕事はありませんでしたので、東京で仕事を見つけて地方で開発を行う、今で言うニアショアを行っている会社に入社します。常駐案件も受託していたので、もちろん東京に行く可能性はありましたが、もし常駐になったとしても、数年東京で働いてから山形に戻ればいいぐらいの気持ちで日々の仕事をこなしておりました。 結果的に、私は常駐案件の面談に駆り出されたタイミングで出張になります。結局、案件は受注できませんでした *1が、せっかく東京に来たのなら、勉強会や交流会で東京の雰囲気を感じてほしいという社長の好意で、東京の営業所で1人で山形でやっていた開発の続きをはじめます。この時点ではまだ、転居と言うよりは長期出張という扱いでしたが、山形で仕事をしている CTO(本当は VPoE が正しい。当時はそんな概念なかった)と連絡やり取りするよりは、手元にいるエンジニア捕まえて技術的なことを聞いたほうが気軽だと社長が気づき、東京にいるうちに、東京への転勤を命じられます。私も東京にこなれてきた時期でしたし、東京で人間関係が構築され始めた時期だったので、もう少し東京にいてもいいかな、と思い始めていたこともあり、悩み抜いた後にこれを了承し、正式に転居となります。転居と言っても、家を借りられる程の給料はもらっていませんでしたので*2会社が借りている賃貸物件に住むことに。その後はノー土日、ブラック案件、社長からのパワハラと続き、心身ともに疲弊していきます。

その後も受託開発で食いつないでいましたが、銀行系の常駐案件が決まり、さらに派遣先の会社からの引き抜きを受け、転職となりました。ここで年収は倍になります*3。 SES派遣であることに変わりはありませんでしたが、もともと大きいSIerに努めていた社長が、会社から撤退を命じられたときにお客さんと結託して案件ごとぶっこ抜いて独立したベンチャーだったので、ブラックな案件はなく、従業員もいい人が多く、秀でた会社だったと思います。おかげさまで、リアルが充実し、転職後すぐに恋人ができて、結婚するまでに至りました。

東京を離れようと思ったきっかけ

繰り返しになりますが、2社目は本当にいい会社でした。ただし、1店だけ欠点がありました。銀行系案件だと、枯れた技術を使うため、新しい知識が入ってきません。さらに、同じお客さんと、ずっと同じ仕事をするので、新しい技術を習得できず、万が一案件がなくなった場合、次の現場が決まりにくく、即会社が傾きます。金融系という環境のため、枯れた技術のノウハウしかないので、転職も難しい。 そこを社外の勉強会とかに参加して、技術をフォローアップしていけばよかったのですが、前職で土日も仕事していた身としては、また休みを削らないといけないのか…という思いがあり、私はそこまでの気持ちにはなれませんでした*4

この欠点に気づいてから、私はもんもんとし続けます。この頃から、またWeb系の仕事に戻りたいという想いが強くなってきていました。そんなときに、この事件が起きます。

akagire.hatenablog.com

本当に辛くて、こんな愚痴もエントリーします。

akagire.hatenablog.com

これが最終的な引き金となり、本格的に山形に戻るべく、行動を開始しました。ただ、この問題解決のために移住を選ぶのは、正直安直だったかなと今は思います。通勤しなくてもできる仕事なら東京でもできますし、もう少し東京でも通勤が苦にならない会社に転職して、それでも山形に帰りたいならそのときにもう一度考えるという方法もあったな、と今なら思えます。

ちなみに、本当は2017年中に転職したかったのですが、案件の契約の関係で、結局転職は4月になりました*5

なぜ山形ではなく仙台だったか

TL;DR

山形にいつでもいける距離感と、安すぎた山形の給料水準

もう少し詳しく

第一に待遇です。まず、私がエントリーしたのは2社で、1社が山形、もう1社が仙台です。ちなみに仙台の会社は本社が東京だったので、面接なども全部東京で行いましたが(Skype とか Zoom とか Hangout でも OK だった)。業種も違うので、正しい比較は難しいのですが、まぁ全然給料のベースが違いました。 山形で内定いただいた会社の年収は仙台のそれと比べると8割ぐらい。仙台の会社で内定をいただいた後に山形の会社に面接しにいったので、直球の質問には直球に返しましたが、その時に待遇面の質問を受けたので、「仙台の会社の年収は御社定時の年収の1.3倍です」と正直に答えたのですが、正直うろたえていたのが印象的でした。

次に、位置関係です。仙台と山形は、電車で1時間半弱でいけますし、今住んでいるところは車だと1時間でいけちゃう距離なので、本当に行きたくなったらその時だけ山形に行けばよいのでは?という結論に至りました。それと、住んでみてわかりましたが、仙台の風土も割と好きになってきたので、それほど頻繁に山形に行くことは減ってきました。近いといかなくなる法則だと会社の人から言われましたが、言い得て妙…!

最後に、嫁の都合です。何度も一緒に山形に帰っていましたが、東京暮らしが長い人をいきなり山形のような中規模地方都市に連れ出すのは精神的なハードルがめっちゃ高かったです。今でも事あるごとに、東京に戻りたいか聞いているのですが、仙台をとても気に入っていて、埼玉とか三鷹とかに住むより便利で食べ物はなんでも美味しいし行きたいお店は東京と同水準だし不満が全くないと大変気に入ってもらえました。この点は夫婦で移住する際はとても重要だと思っていて、価値観が合わないところにむりやり連れて行っても生きづらくなるだけですからね。*6 それに、実家の熊谷には新幹線で1.5時間ちょっとで帰れるので、もし両親に何かがあっても比較的すぐに帰れるという安心感も決め手の一つになりました。

山形を諦めた理由

正直まだ諦めてはいません。もともと山形に住んで電車通勤するつもりでしたが、それだと通勤がきつい問題が解決しないので結局仙台に住むことにしました。今の会社のオフィスを山形にも作れればいいなぁという漠然とした目標を立ててぼんくら仕事してます。

他に移住先を考えたか

あまり考えませんでした。強いて言えば、嫁の実家がある熊谷市と、熊谷に行きやすくて大好きな街である高崎市は調べるだけ調べました。嫁が海のない県は嫌だという意見を尊重し、どちらも却下になりましたが。

移住してよくなったこと

  • 会社まで徒歩10分

仙台市営地下鉄を使うエリアでも家を探しましたが、辛い通勤をしたくないという点を重視して、会社の近くに家を借りてます。それでもお家賃7万円。ちなみに地下鉄を乗り通しても所要時間30分ちょっとなので、仙台駅近辺の会社なら電車に乗る時間は長くても20分弱になると思います。

  • たまに親が野菜を持ってくる
  • 美味しい蕎麦をいつでも食べにいける
  • 温泉行き放題
  • 秋保温泉のさいちのおはぎ食べ放題
  • 牛たん食べ放題

移住して不便になったこと

  • 東京のコミュニティとの断絶

もちろん覚悟の上ですが、東京でできた人間関係がリセットされた感があります。今の所仙台に来てもちゃんと遊んでくれたのは k9m のお二人だけでしょうか…竈石に寿司を食べに行きました。地元の友達とも連絡はとっていなかったので、仙台に来たから遊ぼうぜ!みたいなノリにはなかなかならないですね。あと東京に出てたり子供がいてて誘いにくいという問題もあります(東京にいるうちもあまり合わなかったですね)。幸い(?)東京に頻繁に出張が発生するので、本当に会いたい人には会いに行けるのであまり大きい問題には感じていません。

  • 日本は東京中心である再認識

今までは気にもとめませんでしたが、テレ東の番組がTwitterで話題になっててもそれについていくことはできません。また、見れたとしても、東京に住んでいない人がアド街を見て楽しめますか、といったところはありますね。。。サンドウィッチマンぼんやりーぬTVとかS-Styleや会社の人との話とかTwitterで情報収集しています。

仙台で生活を初めて想定外だったこと

  • 思いのほか物価が高い
  • わりと車社会

カーシェア会員でよかった。仙台はカーシェアのステーションが大量にあり、もちろん冬はスタッドレスになるので雪が降っても安心です。ただ、利用率も高く、結構狙ってた車がなかなか取れませんので、複数のステーションの場所は把握しておいた方がよいです。地下鉄沿線エリアより外側は完全に車社会です。郊外に買い物に行くとかでなければバイクで全然OKなのが幸い。

移住と転職を同時進行するうえで大変だったこと

仙台の会社は遠隔面接もOKでしたが、基本的には平日の営業時間中に面接を会社に受けに行く必要があります。なので、山形の会社に面接を行った時は次の日に外せない会議があったので日帰りとなり、結構大変でした。もし移住先が決めているのであれば、移住後に就職活動をすることを強く勧めます。もしくは、各地の転職を斡旋してくれるエージェントサービスを行っている会社があったりするので、移住を検討している人は調べてみると良いと思います。私は、山形転職というサービスを利用して、東京にいるうちから無料でヒアリング・案件を斡旋までサポートしていただきました。結局、山形の会社には転職しなかったのですが、快く私の選択を受け入れていただきました。

最後に

移住を検討している人の一助になれば幸いです。 それでは。

*1:受注できなかったのは自分のスキル不足ということもあったと思いますが、当時は世界金融危機サブプライムリーマンショック)真っ只中であり、闇市よろしく、エンジニア経験10年選手が単月35万とかで人身売買されていた時期です。そんなところに私みたいな業界経験1年未満といった新人が出てきても、提案が通らなかったということだと理解しています。今考えれば、そんな案件に駆り出されなくてよかったと心底思っていますが。

*2:手取り10万切る月もありました。もちろんボーナスはなし。当時は普通だと思っていたが徐々に異常であることに気づき始めて転職したくてやばかった。

*3:よくこの話をすると「よかったね!」と言われますが、前職の待遇が異常に低かっただけで、転職後の年収も20代の平均以下でした

*4:東京暮らしに公開があるとしたらこの1点です

*5:内定もらったのが10月なのでほぼ半年…今考えると申し訳なかったです

*6:ちなみに山形に移住するのはどう思うかも聞いてみると「まぁ毎週末仙台に行くかな」ということでした